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太田城跡
和歌山市の真ん中、日本三大水攻めの城
太田城跡は、戦国時代の和歌山市内にあった城です。
現在の和歌山市中心部周辺ということもあり宅地化され、ほとんどの遺構はすでに地中にある状態ですが、本丸の跡にあるとされる来迎寺には太田城址碑が存在しています。ですが、ここはその広い城の一部分にすぎません。
現在の来迎寺と玄通寺を中心に、東西南北ともに250m以上の大きさを誇る平城でありながら、周囲には深い堀、大きな城門を3カ所と各所に櫓を設けるなど、非常に大きな印象と強固なつくりの城であったことが近年の発掘調査で分かってきています。
もともと太田城は、1400年代後半の延徳年間、紀伊国造第64代紀俊連が秋月城、三葛城と同時期に築城した神領保護のために築城したもの。
歴史的には1585年の羽柴秀吉の太田城の戦いのさなか、日本三大水攻めの城の中の1城として備中高松城、武蔵忍城とともに有名かつ非常に歴史マニアたちの人気を集めています。
またこの戦いの様子が、ポルトガル人宣教師ルイスフロイスによりイエズス会に送付した多数の書簡内に、比較的長文で、当時の街や民衆の様子も含めて言及されていることが有名です。
太田城の位置は現在の太田の地名として、また現在の出水の地名は、大門川をはじめとした河川氾濫ではなく、この太田城攻の際の出水部分として残されているといわれています。
太田城跡
- 所在地
- 和歌山県和歌山市太田2丁目3-7
- 交通案内
- ◆電車
JR阪和線・和歌山駅から徒歩約7分
◆車
阪和自動車道・和歌山IC→国道24号→和歌山県道145号 - 駐車場
- あり